僕が社会人デビューした1988年は、まさにバブル絶頂期。
求人メディアを通して採用のお手伝いをする仕事に従事したが、明らかに行動量で成果が左右するそんな時代だった。
戦略もあると言えばあったが、どれだけ企業にアプローチしたかがもろに営業の実績に反映されるので、会社からは実績の上がらない営業は単に仕事をさぼっているという見方をするのが常識でもあった。
もちろん現在もその論理は変わっていないであろう。
バブル当時は右肩上がりの経済で、とにもかくにも「人(労働力)」が増えればそれに準じて会社の売上が上がるわけで、顧客毎の状況や課題をそこまで意識しなくても受注ができるという環境があったわけで、結果的に大小関わらずに多くの企業が人材不足が叫んだ。
中途はもちろん、新卒採用の求人倍率は91年3月卒で2.86倍までに膨れ上がり、数値上は1人の学生に約3社から内定が出るような環境になったのだ。
※但し当時の求人総数と民間企業への就職希望学生の数と現在では大きな乖離があるので一概には言えないが。
ちょうどその頃、なかなか採用予定数を確保できない企業側は、何とかその予定数を満たそうという発想から、卒業後正社員として働いていない未就労者(いわゆるフリーター)や、更には他社で働いている若手社員(その頃からどうも入社3年未満という規定を緩やかに設けていた)迄をも通常の新卒者と同じ4月1日に新卒として入社させるような戦略を取り始めた。
つまり3年先輩くらいまでの人材を同期新卒として採用し、新卒の採用予定数を充足させるというウルトラCを導入することになった。
この戦略仕掛けたのはもちろんR社であり、その際用スタイルを「第2新卒採用」と名付けた。
結果的に新卒者の代替えとして、未就労者と入社3年くらいまでの若手社会人を新卒者として迎え入れたというのが「第2新卒」の起源であることは、現在あまり語られなくなってしまった。
現在は未就労者の支援という大義名分の下、卒後3年程度の未就労者を新卒扱いで採用しようという論調が増えてきているが、「第2新卒」というキーワードはあまり表に出てこなくなってしまったようである。
昨今の議論が良いか悪いかは別として、企業からすると自社で活躍してくれる人材であれば別に純然たる学卒者であれ、卒後3年以内の未就労者であれ、若手社会人であれ関係ないはず。
採用活動自体を杓子定規に考えて行動すること自体、本末転倒のような気がしてならない。
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